「●は行の現代日本の作家」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2108】 藤本 義一 『鬼の詩/生きいそぎの記』
ネットセキュリティの問題と政界サスペンスのバランスがとれ、ストーリー展開のテンポもいい。
『オーディンの鴉』['10年]
『オーディンの鴉 (朝日文庫)』['12年]
閣僚入りが間近とされた国会議員・矢島誠一が、東京地検による家宅捜索が予定されていた朝、不可解な遺書を残して謎の自殺を遂げ、議員の疑惑捜査にあたっていた特捜部検事の湯浅と安見は、自殺の数日前から矢島の個人情報が大量にネットに流れ、彼を誹謗する写真や動画が氾濫していた事実に辿り着く―。
読み始めは政界疑惑小説っぽいですが、これも、金融機関でシステム開発のSEをしていたという著者が得意とする、ネットワークセキュリティがテーマのサスペンス小説でした。
但し、そっち(IT)の方にぐっと話が傾くのかと思いましたが、その方面に関してはあまりマニアックになり過ぎず、政界サスペンスとの間でバランスを保ちつつ、相乗的な効果を出しているように思えました。
主人公の湯浅をそれほどITに強くない検事に設定して、ITに強い部下の安見にインターネットの用語やYouTube、ニコニコ動画などのネットサービスにつて説明させ、それが、ネット関連の知識をあまり持たない読者に対する解説にもなっているというのは、なかなか旨い手だなあと。
その部分がIT・ネットに通暁した人にはややかったるいかも知れませんが、全体的にはストーリー展開のテンポは良く、黒幕と目された人物の意外な展開などもあったりし、見えない敵に脅迫され高度情報社会の中で追い詰められていく主人公とともに、巨大監視システムを持つ謎の組織や「監視カメラ社会」の恐怖が伝わってきました。
追い詰められた主人公が逆転攻勢で出る展開も(急にこの人、ITに強くなったなあという面はあるが)なかなかの筆力、ただ、謎の組織の正体は何だったのかやや欲求不満も残り、また、ラストは、サスペンスの1つの定番でもありますが、それでも、そのラストの手法にもインターネットを絡めている(つまり敵と同じメディアを使っている)点などは、旨いのではないでしょうか。
本書を読んだのと同じ頃に見た、大手ゼネコンの談合を扱ったNHKのドラマ「鉄の骨」(原作は 池井戸潤氏の第31回「吉川英治文学新人賞」受賞作 『鉄の骨』 ('09年/講談社))でも、ラストは"録音"で、それを主人公が地検特捜部に提出してコトが急転回しましたが、こっち(「オーディン」)の方はリアルタイムでネットに流れるわけで、即時に世の中の大勢の人が現場の状況を知るという点では、やはり斬新と言えるかも。
【2012年文庫化[朝日文庫]】